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株式会社志摩地中海村

設立 1989年12月8日
資本金 3億1500万円
従業員数
事業内容  三重県志摩市にある地中海沿岸地方のリゾート地を模したホテル観光施設
担当コーチ 久保田 記祥

社内コーチが築く、グループ企業の経営再建の素地

三重県志摩市、志摩半島の南部の英虞(あご)湾は、リアス式海岸にぐるりと取り囲まれた景勝地。2016 年 5 月の「G7 伊勢 志摩サミット 2016」の開催地となり、その美しい風景が各国要人を魅了した。この地で、近年、女性を中心に「伊勢志摩観光 で絶対訪れたい観光スポット」として人気を高めているのが、「ヴィラスタイルリゾート&ステイ 志摩地中海村」(以後・志摩 地中海村)だ。地中海沿岸のリゾート地を模したメゾネットタイプの戸建て宿泊施設が建ち並び、まるで海外にいるような体 験ができると SNS で話題が拡散。宿泊客、日帰り客の増加に伴い、施設の整備拡充、スタッフの増員を進めている。

「志摩地中海村」は、以前、事例紹介に登場いただいた株式会社マスヤのグループ会社のひとつ。本社とは異なる業態のグルー プ会社の大きな転換期、迫られる現場の意識改革に「すごい会議」が効果を発揮していると言う。株式会社マスヤの浜田吉司 社長にもご同席いただき、現在進行形の社内改革の手応えを伺った

施設の変化に現場の意識改革が追いつかない

──噂に違わず素敵な施設ですね。独特な経緯で誕生したホテルとのことですが、施設の特徴と併わせ て、大西社長からご説明いただけますか?

大西:この施設の前身は、1993 年に会員制の別荘村として開業し ました。友人同士の個人が集まって出資し合い、自分たちの理想 のリゾートを生み出したのが始まりです。ですから志摩の地元の 方々にも存在は知られていませんでした。会員の高齢化に伴い利 用頻度も低下したため運営会社を設立し、一般に開放したホテル 「志摩地中海村」として 2010 年から営業を開始。その後、マス ヤのグループ会社となりました。

──別荘村だったので戸建ての街並みになっているのですね。

大西:もともと地中海沿岸の街並みをイメージしてスペイン人の 建築デザイナーが監修を行い、調度品もスペインから輸入されま した。志摩の海と太陽が相まって、まるで海外のような「本物感」
が、旅行サイトの口コミや SNS の画像で広がり、メディアにも取
り上げられ、2014 年頃から広く知っていただけるようになりまし
た。戸建てのメゾネットタイプの客室は 120 平米と広く、家族や グループで利用でき、とくに「女子会プラン」が人気です。飲食やウエディングなどの日帰りも含め、お陰様で幅広い層のお 客さまにご利用いただいています。

──お話を聞くと順調な印象を持ちますが、今回の「すごい会議」の導入には、どのような背景があっ たのでしょうか?

浜田:本社のマスヤにおいて、久保田コーチにご担当いただいた「すごい会議」が、とても効果がありました。営業部門を中 心としたものでしたが、米菓の販売という古くからのビジネスの現場に意識改革を起こすことができた。これはいい、と、久 保田コーチに指導をお願いし、社内コーチを育成。本社だけでなく、グループ会社でも活用できないか、現場の課題の洗い出 しを行いました。

──「志摩地中海村」にはどのような課題があったのですか?

浜田:端的に言えば事業再生です。プライベートな別荘村から、リゾートホテルに転換する中で、元会員も含めた株主からの 投資支援で運営してきたのですが、さらなる成長に向けて、自主自立の経営体質を確立する必要がありました。現在、飲食や 温浴施設の整備に加え、ツインルームを中心に宿泊施設も増設し、宿泊規模の倍増化を進めています。スタッフも以前の約 40 名から約 70 名に増加。スケールの異なる事業をスタートさせる上で、現場の経営意識の醸成が急務でした。2015 年 6 月の決 算の数字を見て、この1年が勝負と判断し、「すごい会議」での経営改革を自社でやってみようと決断しました。

──「志摩地中海村」での「すごい会議」はどのように実施されたのですか?

 久保田: 大西社長とフロントやレストランのトップの スタッフの計 5 名を対象に、マスヤで社内コーチを務 める田中さんが担当。最初の3回は、僕がサポートで 入りました。当時の記録を見てみると、僕は結構不安 視しているんですよ。会議に参加しているスタッフに 「とりあえず集められました」感が漂っていた。「尻に 火がついた感じがない!」って書いてある(笑)。

田中:本社の「危機感」を背負ってきた私も同様の印象でした。その「危機感」を会議のメンバーと共有しなきゃと焦るんですが、どうしていいか分からない。久保田コーチの厳 しさの「意図」も理解できるのに、当初は萎縮するスタッフとの間に入ることもできませんでした。

専門職意識と他分野への不介入という 前提を壊す

久保田:会議のメンバーに選ばれた人の意識は、その業 務で一番できる人という自負を持っているので、担当 する仕事は万全。でもそこで止まってしまっている印 象でした。

大西: 私は 2010 年のリニューアルオープン当時から
スタッフとして働き、2012 年から社長を務めています が、別荘村からホテルへの転換時にも「経営」の指標を現場が共有することなく来てしまった印象があります。そもそもこう した部署をまたいだ会議すらしたことがなかったんです。それぞれに特化した仕事に専念し、他の業務に意見するのは「越権 行為」という雰囲気がありました。

久保田:ありがちな縦割りの弊害なんですけど、実は突き詰めると部署内での縦のマネジメントもできていなかったんです。 雇用されているから働いていますという意識だと、それ以上を求めよう、変えていこうという仕事にならない。自分の仕事は しっかりやっている気でも、僕がそれを数値で確認すると把握していない。全体が見えていないんです。そこに何かが「欠け ている」という印象を受けたのが、僕の不安の要因でした。

──田中コーチは、そうした状況をどう変えていったのですか?

田中:週1回、決めたことが進んでいるか進捗会議をするのですが、状況を確認すると口頭ではオンタイム(計画通り)とい う返事でも、その根拠がない。何か提案を求めても、誰かが「それは無理」と阻んでしまう。やがて意見も出なくなってウー ンとなってしまう。この状況を壊さないといけない。

大西:田中コーチの「壊し方」は絶妙でした。どのようにすれば 利益が上がる? と聞かれて、「人が来ないから」「立地のせい」、 果ては「お客さんのせい」という堂々巡りに。そこへ田中コーチ が「何でもいいから手元の紙に提案を書いて」「発表して」ときっ かけを作る。言葉では言えなくても、書くことで他の部署への意 見も出せるようになる。田中コーチが、場に風穴を開けたり、違 う視点からスパイスを投じてくれたりすると、その度にピシッと しまる。それで徐々に変わっていきました。

田中:私はホテル業務のことは実はまったく分かりま せん。本社の営業部門なら物販という数値での目標管 理が可能ですが、ホテルという対人サービスはそれと は違います。何を目標にするかも現場のスタッフが決 める必要がありました。これは久保田コーチの受け売 りですが、コーチはプレイヤーじゃない。試合に出て 点を取るわけじゃない。点を取りに行くのはスタッフ 1人ひとりだと自覚してもらうことが大切です。これ を常に意識してもらうよう心がけました。

 

ダイアログ(対話)を基本にアイデアを潰さない環境を作る

久保田 3回のサポート以降は、僕は関わっていません。だから不安なままでしたが(笑)、ものすごく変わりましたね。何が きっかけだったんですか?

大西:会議の雰囲気が変わる中で、冬季の宿泊プランを議題にしました。夏期の繁忙期に比べ、1~2月は例年厳しい。いろ いろな意見が出る中、他の意見を潰すようなことはなくなったのですが、今度は絞り込めない(笑)。そこで「全部やってみよ う!」ということに。その決定自体、従来ならあり得ないことでした。冬場は基本プランに食事設定、女性やカップルを対象 にしたものなどの組み合わせで 12 プランあったのですが、そこに新たに 10 プランを追加したんです。

──具体的にはどんなプランを実施したのですか?

大西: 冬の味覚を全部食べ尽くす。暖炉を使って楽しむ。冬の夜空を楽しむ。思いつくアイデアをそのまま、という感じでやっ てみました。その結果、「やってできないことはないんだ」という経験を皆が共有できたんです。夜空を楽しむプランは、その 後さらにアイデアが加わり、現在では夜 10 時に村内の外の電気を全部消す演出を加えています。以前なら、危険だからと会 議で消えていたでしょう。でも、やるためにお客さまのサポートをどうすればいいのか? と、プラスアルファのことを考え るようになりました。

田中:当初は意見のつぶし合いに始まり、やがて意見は出ないけ ど書けば提案できるに変わり、そしてみんなで何でもやってみよ うに発展する。これが、1年を経ずに起こったことです。

久保田:コーチをしていると2つの方法論があるんです。提案を 判断しながら方向付けるパターン。これは、大きな失敗もしないけど大化けもしない。もう1つはダイアログ(対話) を重視して、判断をいったん橫に置いて可能性の中 から何かを生み出していくパターン。今回、田中 コーチは、「志摩地中海村」の現場に合わせて無意識 に後者の方法を選んだんだと思います。結果、課題 に対する手段が増えたことで、多くのスタッフが成 功体験を共有できました。

浜田:タイミングも良かったですね。11 月、夏の繁 忙期を過ぎたタイミングで「すごい会議」を開始し、それまでの組織の文化を一度壊した。余裕のある冬だからこそ取り組め た挑戦でした。この成果が、2016 年の「志摩地中海村」にとって「大化け」するきっかけとなりました。大西:設備の拡充もそうですが、5月に伊勢志摩サミットが開催されたことで「志摩地中海村」の認知度も急激にアップしま した。サミット会場の対岸にあり、報道陣の拠点としてご利用いただいたことでこの街並みや名称がニュース等で全国に広まっ たんです。問い合わせもご利用も急増しました。田中:サミットが追い風になることは分かっていました。でもその風を受け止める帆がなければ、何も得られなかったでしょ う。「すごい会議」から生まれた冬の成功体験とスタッフの自信が、追い風を目一杯に受け止める準備となったのは間違いありません。

浜田:結果、6 月決算の 2015 年度は、収支も合い、続く 2016 年度も好調です。確実に利益を生む体制に変化しつつある。未 来に向けた土台ができたと言えるでしょう。

グループ会社の細部にまで届く意識改革が可能になった

──施設の拡充を進める中、改革も道半ばとは思いますが、今後の抱負や展望をお聞かせください。

大西:会議に参加している 5 人の意識をどれだけ全体 に均質化していくかが、今の課題です。実は、いろい ろなスタッフから「今、何話し合っているんですか?」 「今度はどういうことをやるんですか?」と聞かれる ことが多くなりました。ホテルは、施設作りと同じく らい、人作りが大切。当たり前のことをあらためて本 質で実感できた「すごい会議」の効果を全体に波及さ せていきたいですね。

田中:先日、「志摩地中海村」の全スタッフを集めた会議があり、大西社長が今後の方針を説明しました。それを聞くスタッフ の目の輝きが、自分たちもやるぞって訴えているんです。でも、後の列に行くにつれ、まだその輝きの度合いが違う。最近、 大西社長は「もう1枚殻を破って、全員が喜びを感じ
ながら働く職場にしたい」と言うのですが、私も同じ思いです。

浜田:今回は、「すごい会議」によって、大きなハードルを越えて「志摩地中海村」が変わるきっかけとなりました。グループとしても成功事例だと思っています。
2016 年末に始まる拡張工事は 2017 年に完成し、60 室規模のホテルに生まれ変わります。これは1つスケー ルの違う世界です。弊社のノウハウとして今後も「すごい会議」を活用し、この新しく大きなハードルを越え、「伊勢志摩に来 て『地中海村』に行かないなんて損だよ」と言っていただける場所にしたいですね。

久保田:今回のお話は、コーチ冥利につきますね。僕がマスヤさんに残したものが、事業や社員と共に育ち、グループ会社へ と広まっていく。そこで、誰かの人生が輝く。今日は客観的に「いいなあ、これ」って思いから聞かせていただきました(笑)。

 

日時:..  

担当コーチ

久保田 記祥
くぼた のりよし

デルフィー コンサルティング株式会社/株式会社ブランジスタ 社外監査役

ほとんどの会社には実はすごい潜在能力がある。だから時に私は皆様が気をつかって言わないことを、空気を読まずにズバッと言います。 まだ花開いていない社員の力を満開にして、成果を上げるための支援をします。

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