株式会社ディシジョン
青山学院経営学部卒業。アメフト部副将。銀行に入行。株式会社PlanDoSeeに転職。マネージャー時代に「すごい会議」を受け、衝撃を受ける。社内ですごい会議を広めるソリューションコーチ第一号となり、全店舗に導入。
蟻田:僕は昔から「なぜならば」と、掘り下げて考えることが好きなんです。いわば『すごい会議』的な思考、とでも言うのかな。その思考を「型」として社員との共通言語にしてくれるのが『すごい会議』。僕に合っているのだと思います。
ほかにも、たとえばある領域への投資を考えたときに、普通なら「まず予算内に収まるかどうか」を確認することから始まりますよね。でも、『すごい会議』は予算という制約を外し、「本当はどうあるのが最高か」──理想像から「どうすれば実現できるか」を設計する。その思考がこの会議の本質であり、理にかなった思考だと感じています。
蟻田:導入したのは、僕が社長に就任した翌年でした。崇高な理想があったわけではなく、建前だけが飛び交い、本音が出てこない状態をどうにかしたかったんです。
当時は、業績も振るわず、給料も上がりにくい状態。結果、会社がいつの間にか「仲のいい友だちを増やす場」のような、ゆるい場になっていたんですね。何しろ、職場なのに仕事の話が出てこない(笑)。
ありがたいことに、創業者の魅力に惹かれて集まってくれたメンバーが多く、「創業者の言うことに従うのが正しい」という空気も漂っていました。ただ、それがいい時は命令一下、全力前進でしたが、業績が悪くなるとさしたる指示もなくなり、ひたすら受け身でジッとしている集団になってしまっていたんです。そんな状態では業績が伸びるはずもない。仕事への向き合い方を大きく変える必要性を感じて、導入を決めました。

雨宮(コーチ):この13年で、実にさまざまなテーマに取り組んできました。社長・幹部役員の経営トップチームを基本に、製造・販売部門を交えたチーム、2つのブランドのトップメンバーを集めたチームなど。直近の約3年間は、百貨店の店長とその上のユニットマネージャーを集めた、現場リーダー向けのセッションを中心に実施してきました。
蟻田社長は『すごい会議』の本質を理解されているので、「ここ」というタイミングを逃さない。「いま一番テコ入れすべき層」はどこか、その時々で見極めながら実施しています。
蟻田:『すごい会議』は、とにかく「仕事の話をする」んです。どう達成するか、何が問題か、何をいつまでにやるか。
たとえば、販売部長と営業部長の関係性がボトルネックになっているケースがあるとして、そういう肝心な話は、日常の会話ではなかなか出てきません。一方で『すごい会議』は、目標達成に必要な事実を洗い出していくので、問題の核心に必ず行き着く。
正直、世の中の会社で交わされる会話の6割は、仕事以外の内容ですよね。かつては僕も、幹部が「仕事の話をしない」ことにもどかしさを感じていましたが、『すごい会議』をすると、みんなが仕事に必死になる。それがいいんです。その甲斐あってか、当社は毎年シェアを拡大できています。

蟻田:売上は、導入当初の160億円弱から直近は約290億円と、およそ1.8倍になりました。「昨対200%」といったド派手な成長ではないものの、コロナ禍以外は右肩上がり。それは、この会社が毎年チャレンジし続けている証です。「挑戦する人」を生み出しているという点で『すごい会議』の貢献は大きい。
蟻田:シンプルに、社員と「話が通じる実感」があることが、僕にとっては重要です。『すごい会議』を続けたことで、共通言語を使って社内で考えを共有できる人の割合が格段に増えました。
聞きたいこと、伝えたいことがストレートに届くようになった分だけ、会社をよくするための会話が増えた。何よりの成果です。

蟻田:体感としては、まだ理想の50%くらいかな。僕のイメージでは、自分で考え、強烈にドライブする人が20人現れれば、会社は一段階伸びる。まだ、そこには至っていません。
悩ましいのは、『すごい会議』で思考や発言が変わるメンバーが一定数いる一方で、新たに会議に加わるメンバーも存在すること。常に『すごい会議』的思考を持つ人を増やし続けなければならない、終わりなきジレンマに向き合うのが僕の仕事です。
ただ、100人中100人が『すごい会議』調になっても、僕は会社に来るのが嫌になるかもしれません(笑)。多様性とバランスですね。
蟻田:2〜3年前、組織運営の方向性を大きく変えようとした時期がありました。この先の売上300億円を目指すにあたり、僕の経験則だけでは限界がある。そこで、大規模企業の運営経験を持つ幹部クラス人材を一気に10名ほど中途採用したんです。
ただ、その後の半年〜1年間は彼らのやり方に任せたものの、徐々に業績が落ち始めた。これはまずいと思い、中断していた『すごい会議』を再開しました。
ところがセッション当日、僕が別件で席を外しているあいだに「結論が出なかったので次回に持ち越しました」と、まさかの全員が帰宅する事態に(笑)。『すごい会議』で、何も決めないなんてあり得ない。
すぐさま僕の考えや見立てを伝え、場を仕切り直しました。以来、『すごい会議』が本来のかたちで機能し、業績も少しずつ上向きに転じていった印象です。
蟻田:組織が拡大して部門が増えている今、50歳を過ぎた僕がすべてを決めているようでは、いずれ会社が立ち行かなくなる。「蟻田剛毅の限界」が「会社の限界」という現状を脱し、社員一人ひとりの可能性が会社の可能性になる状態にシフトする必要がありました。
それには会社や仲間、お客様のことを本気で考え、実際の行動に落とし込めるキーマンとしてのリーダーが必要。これまでは、「会社が表明したことがきちんと現場で実装されているか」を確認するために『すごい会議』を活用してきましたが、今後は、「次の時代をつくる」意志のある人材を育てるための場として活用します。

蟻田:僕が当時伝えたのは、「今までどおりの“普通のやり方”を続けるか、『すごい会議』で効果的な思考を身につけて上を目指すか。二つに一つだ」ということ。
象徴的だったのは、あるメンバーの変化です。以前の彼は、数字を見ないし目標も立てない。営業には行っているものの、行動が体系立っていないので成果もまばらな状態でした。
それが『すごい会議』を始めて3カ月ほど経つと、PL(損益計算書)を共通言語に、達成までのプロセスを明確に組み立て、実践するようになった。彼の担当領域の成績が明確に伸び、その結果、業績にもいい影響が出ました。
もう一つ、僕が『すごい会議』を通してインストールしたかったのは、客観的事実で話すこと。忖度して当たり障りのない会話をするのでなく、事実起点で「どう仕事をするか」だけを会話する。
彼らの変化を見る限り、僕が求めていることが伝わったんじゃないかな。
蟻田:始めたのは6年ほど前で、開催は基本的に月に一度。各店舗の店長とその上位のユニット長が約100名集まり、会議を実施しています。
店舗間に横のつながりが生まれ、会社への参加意識が高まる場です。さらに、この会議のいい点は、参加者が意見をきちんと言葉にできること。「書くと喋れる」は真実で、紙に書くことで発言しやすくなります。
社員から「『すごい会議』は再開しないんですか」という声も聞こえてくるので、現場や若手にとっては楽しい場なのだと思います。定期的に続けることで、店舗の調子を定点観測できる貴重な機会です。

蟻田:社内コーチは、「伝道者」として内側から『すごい会議』的思考を広げる役割で、これまで10名近く育成してきました。僕が言うより、同僚の言葉の方が届く場面もあり、コーチ役がハマれば現場がきちんと回るようになります。
一方で、僕が出る会議や経営の中枢には、雨宮コーチに入ってもらうのが適任。客観的かつ一貫した観点でブレない「基準点」になってもらう。両者の役割は明確に違います。
蟻田:常に「仕事の会話」をする文化を保てることですね。雨宮さんは、どんなときも『すごい会議』のルールに則り、何一つ逸脱することなく、一切の曖昧さがない。実務を回しているといつの間にか本質からズレてしまうことがありますが、雨宮さんが一貫性をもって引き戻してくれるので、助かっています。

蟻田:当たり前のようですが、「仕事の話」に徹する場であり続けてほしいですね。欧米では出世するほど仕事の会話が増えるというのに、日本ではなぜかゴルフやお酒の話になりがち。僕の好みは、完全に前者です。
幹部になってまで数字にコミットさせられて…と、思う人もいるかもしれませんが(笑)、会社である以上、仕事で成功することが一番いい。
挑戦マインドという意味でも『すごい会議』は、いい時間です。目標を達成するには新しいことをやるしかない。新たなアイデアを生み出し、前に進む場として今後も期待しています。
蟻田:今の時代は、ケーキ屋を続けること自体が無茶な世の中になりつつあります。ロスコントロールは難しく、パティシエ志望の学生も減少傾向にある。いわゆる「ケーキ屋さん」を、採算を合わせながら続けるのは簡単ではありません。
それでも僕は、この仕事が好きだから続けたい。そのために「どうすれば続けられるのか」「どうすれば“世界のスイーツメゾンになる”という未来に近づけるか」を客観的に設計し、その方法論を『すごい会議』で磨いています。
デパ地下市場が10年以上ほぼ横ばいと言われるなか、かつて8〜10位だった当社のシェアは1位になりました。会社の利益は、あくまでお客様からの信頼の結果。「このブランドはいつもオモシロいことをやる」と、繰り返し買っていただけることが安定的な利益につながります。
日本で一番「オモシロい」と思われるブランドになれたら、最高ですね。

青山学院経営学部卒業。アメフト部副将。銀行に入行。株式会社PlanDoSeeに転職。マネージャー時代に「すごい会議」を受け、衝撃を受ける。社内ですごい会議を広めるソリューションコーチ第一号となり、全店舗に導入。