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弘栄設備工業株式会社

設立 1946年(昭和21)年
資本金 3500万
従業員数 200名
事業内容  空気調和設備、電気設備
担当コーチ 富永 浩義

すべての事に責任を持つ。 社員の意識が変わって、年間売り上げ 2 倍を達成

「やらされる仕組み」の限界を感じ「すごい会議」を導入

最初は半信半疑。「会社が一人で回り出す」なんて、あるわけない

最初に、「すごい会議」に取り組む前の御社の状況を教えて下さい。

6年前の2012年に2代目の父から私に代替わりしたのですが、社長就任以前から別のコンサルタント会社にさまざまな事を相談していました。そのコンサルタント会社と当時の私の考え方は基本的に一致していて、「社員は自分自身でできない、進められない、回せない」と捉える。そこで、できないながらも「実行するための仕組み」を取り入れるという方法です。

当時の私は社員からの信頼がなかったし、私自身も社員のことをよく分かっていなかった。そんな状況では、どれだけいい経営方針を作ろうが、いかに号令を掛けようが誰も実行しない。ならば「実行できる仕組み」が必要だ、と。それなりに効果は出たのですが、社員の立場で考えると強制的に「やらされる仕組み」だから面白くないし発展性もありません。

また、コンサルタントに丸投げする形は取りたくないので、教わった内容をカスタマイズして、社員がすべき事を私が考えていました。「どの会合に出る、どこに営業をする」と、細部まで私が考えてコンサルタントと調整するんです。これでは決めた以上の物は出てこないし、私自身の負担も大きかった。

社長自身が忙しくなってしまいますよね。

それも正しいのですけれどね。社長が起点となって責任を持つ。でも、「これ以上は無理かな」と限界を感じて、先々を考えたときに少し理想が変わってきたんです。私が回すのではなく、自発的に社員が回す組織を作りたいと。その矢先に富永さんと会いました。「まず、やりましょうと」言われて「こういう強引な方もいるんだな」と思ったわけですが(笑)、今考えれば、多くの企業をサポートしてきた経験を踏まえた上での言動だったのでしょうね。

どのようなきっかけで富永コーチに会われたのでしょうか。第一印象と併せて教えて下さい。

社長に就任した少し後、地元のお客様から紹介されました。お客様の会社も富永さんのクライアントで、「面白いことをやっている人がいるから一度会ってみない? 会社が一人で回り出すよ」と言われて、「そんな事があるわけない」と思ったのですが、お客様の紹介ですからお付き合いも兼ねて富永さんに会ったんです。

 第一印象は、「この人と付き合えるかな?」ですね(笑)。ほら、「すごい会議」のコーチはきちんとされている方が多いから、「ウチの社風と合うのかな」と不安だったんですよ。当社は暖かくて家族的、人情が大事でフレキシブルといったイメージですね。

もし、「すごい会議」が型にはまった仕組みであれば、社風に合わないのでは……と懸念されたのですね。

「すごい会議」に対しては、かなりカチっとしているというイメージを持っていましたからね。ただ、基本的には何でも取り入れようという思いがあるので、まずは試してみようと。私はよく、「分からずして否定するな」と話すのですが、実はかつての私も否定しがちな面がある人間だったんです。

例えば、以前所属していた青年会議所はボランディアだから、時間もお金を使わなきゃいけない。「何でここまでやらなきゃいけないの?」と思ったこともありました。でも、終わってみればやってよかったんですよ。

他にもさまざまな勉強会に参加する中で、思い描く理想に出会えたり、変化のきっかけになったり、まず、やってみないと分からないのだと学びました。だから、富永さんにお会いした時も、合うかどうか分からないけれど試しに飛び込んでみた。

社長と社員のギャップが埋まり、想像の上をいく目標値が現場から上がってくる

最初はどのようなメンバーで「すごい会議」に取り組まれたのですか?

まず最初に、根幹となるトップチームを作ったのですが、実はメンバーに役員を入れなかったんです。富永さんは「上の立場の人間を入れた方がいい」とおっしゃったのですが、役員に説明するのは社長である私の責務。それよりも、次の世代を担う若い人たちに、行動力と人間力を身につけて欲しかった。

さらに、時代を読み取って、新しい情報を取り入れるには若い人の力が必要です。せっかくお金を使うのだから、若い人を引き上げて「自分が経営に関わっている」という意識を持ってもらい、「すごい会議」を活かして新しい流れを作りたいと考えました。

そこで、各部の2番手、3番手を中心にチームを作りました。一番下の社員が37〜38歳、上は56〜7歳、他は40〜50歳の計6人です。彼らは最初「何で私なの? 面倒くさい、時間も取られる」と感じたかもしれないけれど、社長から指名されたという喜びがあったと思う。そうじゃないと続かないし、気持ちも変わらない。

社長と若手の社員でチームを作ったんですね。社員のみなさんは緊張されたのではないですか?

ところが、富永さんのセッションでは社員も私も差がなく、彼らと同じように、「この考え方が違いますよね」と指摘されることもある。私に取っても初めての経験でした。これが良かった。

彼らはずっと仕組み通り“やらされて”きたわけですから、「社長がいると何も変えられないんだ」とメンバーに思われたら今までと一緒なんです。そうではなく、「俺も言われたけど社長も言われたよね」と(笑)。回数を重ねるうちに、「自分も社長も同じ土俵にいるんだな」と感じてくれたと思う。最終的には意思決定者として私が決めますが、みんなの意見を集めて落としどころを見つけます。

自分の意見を社長が目の前で取り入れてくれる。これはモチベーションが上がりそうですね。

以前から常に「全社員経営」と言ってきたのですが、言葉だけで実際には全然できていなかった。「すごい会議」を始める前、私が社長になって若い世代とコミュニケーションを取り始めたことで、多少意見が上がってくるようになってはいたのですが、やはり「仕組みで動かす」形には限界があります。私の意識も「やらせてナンボ」。仕組みを作って人を動かし、会社の実績を伸ばすことが正しいと信じていたので、真の全社員経営にはほど遠かった。しかし、「すごい会議」を取り入れる中で、まだ道半ばですが実現できてきたと感じています。

すごい会議を1年、2年、3年と続けるうちに、社員のみなさんはどのように変わりましたか?

意見が言えるようになったし、言いやすい雰囲気ができてきた。ただ、最初は社員全体というよりトップチームからでしたね。1年目は、私がまだ「仕組みを作ろう」という意識から抜け出せていなかったため、最終的に「この営業所はいくら」と決めるなど、今までの流れを踏襲してしまった部分があります。

しかも当初は「5年後の目標はいくら。だから今年はいくら」という数字が私と社員で食い違っていたんです。私の目標は高いのですが、社員は横ばいか下。「去年頑張ったから、今年はいいよね」とかね(笑)。そのギャップがとても大きかった。今ではすっかり変わって、トップチームで概略を作り、各支店から具体的な売り上げ目標が上がってくるのですが、私が望んだ以上の数字が出てくるんですよ。

アイディアざっくざく! 産学協同でロボットを開発、元請率も上昇

社員が儲けてくれるから未来に投資できる

高い数字目標が現場から上がってくるように変わってきたんですね。では、現在トップチームは何をされているのでしょうか。

短期計画は現場(拠点チーム)に任せられるようになったので、トップチームでは3〜5年かかる中期計画を立てています。物事って1年でできることもあれば5年かかるかることもりますよね。5年後に会社をどうしたいのか。そのためには5年間で何をするのか、今年は何をすべきか。

例えば、会社の利益構造を変えたい。当社は建設業の中でも専門工事業ですので、下請けの仕事が8割です。もちろん本業を変えるつもりはありませんが、もっと色々考えなければならない。

ご本業は建築業ですよね。

一口に建築業といってもさまざまで、私たちの本業は空調給排水設備工事です。建物の中の温度管理、空調、換気、給水・排水等の設備工事を通じて、快適に暮らせる空間を作ります。

人間の第一印象が外見で左右されるのと同じように、建築の見た目も大切です。でも、人も建築も格好だけで善し悪しの判断はできません。私たちが担当しているのは、人間ならば内蔵にあたる部分。肺で空気を吸って酸素を取り込んで、食物を食べて排泄する。外からは見えないけれど内蔵をきちんと管理することによって人は長生きすることができます。建物も同じで、見えない部分を担当させていただく仕事に誇りを持っています。

ただ、もっと元請け工事の比率を上げたいんです。そのためには何が必要か。我々の魅力は何か。そこで、「シンボルとしてロボットを作ろう!」というアイディアが出てきた。

「船橋社長はものすごいアイディアマンだ」と富永コーチから伺っていますが、ロボットまで作ってるんですか?

我々は今まで建物を作ってきましたが、建物って物の組み合わせなんですね。エアコンやキッチンを配管して組み立てる。この部分で我々の技術が生きる。ですから、「物を作ろう」としたことはなかったのですが、「すごい会議」のセッションで「製品を開発しよう。まずシンボルを作ろう」と決まったんです。きっかけはたまたま私の提案でしたが、メンバーからアイディアをもらってブラッシュアップして、今の形になりました。

そのアイディアが“正しい”かどうかは置いておいて(笑)、私は「できないこと」など何一ないと思っているんです。

働く側からすると「自社開発のロボット」には夢があってやる気が出そうです。どんなロボットなのでしょう。

多くの方がイメージする二足歩行のロボットではなく、我々の本業の延長線上にある物です。先ほどお話ししたように、建物の設備は外から見えません。人が病気になったら、レントゲンや内視鏡で内蔵を見て手術をする。建物も見えない設備の部分は大切ですが、人と違って見えないところは見えないままだから、手術、つまり修理のときは全て交換することになります。

そこで、「設備の内部を見えるようにして、人の内蔵のようにピンポイントで直せるようにしたいね」となり、配管の中に入り、状況を伝えてくれるようなロボットの開発に着手しました。

人間の医療で例えると、内視鏡のような役割を担うロボットなのですね。

まさにその通りです。山形大学、立命館大学と技術提携をして産学協同で開発し、形になってきました。形が見えてくると「他の事にも使えるのではないか」と、みんながもっとアイディアを出してくれる。

実は私、現場は素人なんです。もし玄人だったら「ロボットなんか使えないよ」と、やる前に終わっていたでしょう。素人だからこそできたし、社員からも「夢があるから」と求められる。何より、社員たちがしっかり儲けてくれるから、こうして未来に投資できるんですよ。みんなにも「稼いでくれてありがとう、儲けを少し未来に回すよ」と伝えているから賛成してくれる。

社員が変わって売り上げ2倍を達成。50億から100億へ

「すごい会議」導入以来、「ずっと右肩上がり」

社員のみなさんが「儲けてくれている」とのことですが、「すごい会議」を始めて数字面でも大きな変化があったのでしょうか。

非常に良くなりましたよ。オリンピックの影響で、ホテルやマンションの建築なども含めて業界全体が好調です。ただ、建設業は特に景気に影響されやすいんですね。建物はすぐに完成しないから、景気がいい時の発注は翌年や翌々年の売り上げになりますし、上がって下がっての波があるのが常。でも、当社の売り上げはずっと上がっているんです。本当にもう、ずっと! みんなが努力してくれた結果ではありますが、「すごい会議」がかなり効いていますね。6年前の社長就任時には40億円だった売り上げが、今は70億になりました。グループ全体で見ると50億から100億超に倍増。従業員数も100人から200人になりました。

「すごい会議」を始めてからものすごい勢いで業績が伸びたのですね。1番の理由はなんでしょうか。

社員のモチベーションですね。自分から仕事を回そうとしてくれる。元々あった「与えられて動く仕組み」に、「すごい会議」の「自分から動く仕組み」が加わって回り出したイメージです。

スピード感に100パーセント満足しているわけではありませんが、私がいなくても、新しい事業や構造を変えるための取り組みがどんどん進んでいく。ロボット以外にもブランドの立ち上げなどさまざまな事に取り組んでいますし「個人のお客様の住宅向けに、事業所で何かをしたい」と現場から提案があり、お客様から直接受注するための仕組みも動き出しました。

実際に数字に繋がっているのは、営業職のみなさんの変化ですか?

変わったのは営業だけではなく全体です。営業が頑張って受注の質量が増えても、それを消化する人間が同じ気持ちでなければ利益は上がりませんから。みんなが「こうあるべきだよね」と考え、よりよい方向へ変えようとする意識がついてきたんです。私もアドバイスはしますが、実際に動くのは社員。みんなの行動が「お客様の訪問」につながっています。

「すごい会議」に取り組む中で、特に印象的だった事を教えて下さい。

去年(2017年)、何をやっているのかを役員にも分かって欲しくて、役員全9名でチームを作ってセッションを行いました。「すごい会議」を始めてからどんどん会社が変わっているのは分かっていても、直接チームに入っていない役員はつい否定してしまうんですよ。

「どんなもんかな」と腕を組んで構える役員もいる中、ある発言を富永さんがバサっと切ったんですね。「その話は今いいんです、質問の答えになっていません」と。成功したな、と思いました。彼らは不満を言うことで今までの思いが消化されたし、何よりも「会社が変わった」という事実を認めざるを得ない。当社の年商が55億まで達したことはありましたが、70億って今までにない数字なんですよ。本当にやってよかった。成果が出ているし、社員たちも私についてきていますから納得せざるを得ない。

そういえば、このセッションを経て役員の私への接し方や言葉遣いも変わりましたね。敬意を払ってくれているのが伝わってきます。

「目指せ100億」という目標も、今までだったら「何を言ってるんだ」と役員に反対されたでしょうが、現実として見えてきました。私はこれが作りたかった。誰もが納得する結果を出して初めて、会社や役員の理解を得られるんです。もちろん、今は役員たちも「すごい会議」に大賛成です。

もう一つ、セッションとは直接関係ないのですが、つい先日、エアコンのレンタル業務を行っている関連会社の社長からかかってきた電話が印象に残っています。社員全員が私より若く、元々発想力とモチベーションが高い会社で、ここでも「すごい会議」に取り組んでいるんです。「すごい会議」を導入したことによって「いい会社になりましたよ。一人一人で行動していたのに、今はチームとして機能している」と話していました。「この感動を共有したくて」と、わざわざ電話をくれたんですよ。

「すごい会議」を使って、どんな時代も潰れない会社を作る

今後の目標ついてお聞かせ下さい。また、これからも「すごい会議」を続けていくご予定ですか?

もちろんです。真の「全社員経営」を行うためには「すごい会議」が必要ですからね。当面の目標は、当社単独での年間売り上げ100億円。何のための100億か?という部分が大事です。会社がビッグになれば社員が誇りを持てる。その意味でも100億、200億という節目は大切ですが、これはあくまで数字的な目標です。

社員に話しているのは「すごい会議」を使って、「どんな時代でも潰れない会社を作る」ということ。成長しつづけるための売り上げ目標として100億円を掲げています。

導入前は当初は、人情味のある社風と「すごい会議」は合わないのでは?と懸念されていたそうですが、今振り返るといかがでしたか?

全然そんな心配いらなかったですね。むしろ、社内の絆は強くなっているんじゃないですか。自分が言ったことが計画書に反映されるわけですから、思い入れや愛着が沸きます。今は計画書の約5割を社員が作ってくれているので、次は9割を目指します。「すごい会議」を始める前は100パーセント私が考えて、営業先などの細部まで決めていましたから、肩の荷が下りましたよ。

インターネットで拝見したところ、地元のサッカーチーム「モンテディオ山形」のサポートや、「(公社)やまがた被害者支援センター」の自動販売機設置など、幅広い分野で地域や社会に貢献されていますよね。

本当に? サッカーチームはサポートしていますが、自動販売機は知らなかったな(笑)。社員が自主的に進めてくれた企画の一つでしょうね。

2008年に、知的障害がある方たちのスポーツの祭典「スペシャルオリンピックス日本」の冬季大会が山形で開催された時、青年会議所のメンバーとして開会式や閉会式を取り仕切ったんです。それ以来、社会に貢献できる会社にしたいと考えるようになりました。そこで、「すごい会議」を始める前から障害者雇用を進めるためのフロアホッケー(体育館で行うホッケー)の支援に力を入れ、2年前にチームから人を雇用しました。ホッケーを通じて障害者に対する抵抗感を取り払って、周囲の意識を変えていきたい。これも今後の目標の一つですね。

個人的に挑戦してみたい事はありますか?

元々空手やマラソンをやっていたので、今後は富永さんに続いてアイアンマンに挑戦したいです。

最後に、印象に残っている富永コーチの言葉があればお聞かせ下さい。

「ポストが赤いのも、電信柱が高いのも、全部みなさんの責任だよね」。つまり、「全ての物事に責任を持とうね」という意味ですね。私自身は以前から意識していたので、やはりそうなんだと納得したという感覚ですが、その瞬間に社員の顔色が変わったことが強く印象に残っているんです。電信柱を低くすることはできないし、ポストが赤いのも変えられない事実です。青くしろと言っても無理だし、赤くした人は誰か?と追求しても仕方がない。現実を受け止めて、各自がそこまで責任を負わなければならない。これがみんなに伝わったのだと思います。

富永さんと出会って「すごい会議」を始めてから会社が変わり、実際に大きな成果につながっています。導入して本当に良かったと感じているので、インタビューの最後に「富永さんは素敵だよ」と書いておいて下さい(笑)。

 

取材日時: 2018年4月9日

撮影: ケニア ドイ ライター: 菅原りさ

 

日時:2018.04.09 
フォトグラファー:ケニア・ドイ 
ライター:菅原りさ

担当コーチ

黒帯

富永 浩義
とみなが ひろよし

株式会社ハミングバード

SE時代、徹底的な業務分析を基に最適なシステム設計をするプロとして活動。”クライアントよりもクライアント業務に精通する男”と言われる。 2005年に「天職=すごい会議」に出会い、SE時代に培ったビジネス分析能力をフル活用し”すごい会議バカ一代”として絶賛活躍中

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