株式会社一番大切なこと
私のコーチとして使命は、『苦悩に値する働く意味』の創出です。
地球は平らだと信じていたがために出帆しなかった船は、どれくらいあるだろう?
信じているものが見えるものを限定し、見えるものは打ち手を限定し、打ち手は当然のことながら、望でいる結果が手に入るかどうかを決定付けます。あなたは何を信じてビジネスしてる?
No.2の独立と幹部の離反。会社は上半期5,000万円の赤字を計上し、組織崩壊の危機に瀕した。
その「どん底」から、いかにして生産性を倍増させるほどのV字回復を成し遂げたのか。
代表の中野氏、そして新体制のキーパーソンである知念氏と吉田氏に、その軌跡を伺ってみた。
インタビュアー:「すごい会議」は3年目に突入されたそうですね。前回は、No.2であった専務の方を中心とした組織構築がテーマでしたが、その後、会社は大きな変革を経験されたと伺っています。
中野社長:はい、その構築が、一度完全に壊れましたね。
インタビュアー:単刀直入にお伺いします。なぜ、うまくいかなくなってしまったのでしょうか。その発端には何があったのですか?
中野社長:大きな要因として、当時のNo.2の強みと、会社が彼に求めていた役割との間に、少しずつズレが生じてしまったことだと考えています。
彼自身、その才能はチームを育てるマネジメントよりも、自らがプレイヤーとして最前線で輝くことで、より発揮されるタイプでした。
結果として、組織が必要としていたマネジメント機能に空白が生まれてしまった、という形です。
インタビュアー:その方は、現在もいらっしゃるのでしょうか。
中野社長:いえ、もうおりません。最終的に組織は崩壊し、彼は2024年の9月に正式に退社しました。
会社として規律やビジョンを持って上場を目指すのか、それとも自由気ままにやっていくのか。
その方向性の違いが明確になり、袂を分かつことになった形です。彼は独立という道を選びました。
インタビュアー:共に会社を率いてきたNo.2の独立。その時の率直な心境はいかがでしたか?
中野社長:これまで、くすぶっていた問題がはっきりしたという意味ではスッキリした一方、共に築いてきたものがあっただけに、非常に残念な気持ちでした。
しかし、この一件は同時に、私自身の経営者としてのあり方を深く問うきっかけにもなったんです。
彼がなぜ、最終的にこのような行動を選ばざるを得なかったのか。
突き詰めれば、私が彼の本当の想い…
つまり「マネジメントではなく、プレイヤーとして輝きたい」という本質的な欲求と、十分に向き合えていなかったからではないか、と。
もっと対話を重ね、彼の才能が活きる別の道を社内に作れていれば、お客様や残った仲間を傷つけるような、こんな悲しい結末にはならなかった。
最終的に、彼は離職という道を選択しましたが、その遠因を作った責任の一端は、間違いなく私にもあったのだと痛感しています。
インタビュアー:そうでしたか…。ご自身の責任にも言及されるのですね。
中野社長:はい。経営的にも本当にどん底でしたし、精神的にかなりえぐられましたね。
『なぜこうなってしまうんだろう』と何度も自問自答を繰り返しました。毎月1,000万円ずつキャッシュが減っていき、上半期だけで5,000万円の赤字を計上しました。
インタビュアー:まさに会社の存亡に関わる危機ですね。その激動の渦中、知念さんはどのような景色を見ていらっしゃいましたか?
知念氏:実は、私はその元専務の紹介で入社しているんです。なので彼が辞める際には、当然私もついていくものと思われていたようで、赤裸々に今後のプランを話してくれました。
ですが、私自身は入社2年目くらいから「この会社で社長になりたい」という想いを公言していました。
ですから、彼が去ると聞いた時、不謹慎かもしれませんが『上がいなくなる。これは自分にとってはチャンスだ』と、そう直感したんです。
組織が一度どん底まで落ち込むなら、ここから自分がやることは全てプラスにしか働かないだろう、と。
なので、すぐに中野(社長)に『僕は残ります。どんな状態になっても頑張りましょう』とメッセージを送ったのを覚えています。
中野社長:そうだったね。一番に「残る」と意思表示してくれたのが彼でしたので、本当に嬉しかった。
インタビュアー:上半期で5,000万円の赤字というお話がありましたが、会社のキャッシュが猛烈な勢いで減少していく状況は、経営者として計り知れないプレッシャーがあったかと思います。
その中で、「すごい会議」は決して安くない投資ですよね。
普通に考えれば、まず最初に見直しの対象になるのが外部への投資かと思いますが、正直、プログラムの継続を中止しようとは考えられなかったのでしょうか。
中野社長:もちろん、ものすごく悩みました。大野コーチにも「正直、かなり厳しいです」と何度も相談しましたね。
大野コーチ:「3年目が本当の進化の時だよね」というお話はさせていただきましたが、最終的なご判断は社長に委ねるつもりでした。
インタビュアー:最終的に「継続する」という大きな決断に至った、決定的な要因は何だったのでしょうか。
中野社長:一番の決め手は、更新直前に行った「全メンバー参加形式」のセッションでした。
それまでの私たちは、幹部層だけで会議を行い、そこで決まったことを現場に下ろす、というスタイルでした。
しかし、当時は幹部で決めたことが現場のアクションまで落とし込まれにくい・・・という構造的な課題がありました。
会議で決まった方針と、実際の現場での動きに少しずつズレが生じてしまう。そんな状況が続いていたんです。
インタビュアー:その膠着(こうちゃく)した状況を、「全メンバー参加」が打ち破ったと。
中野社長:ええ。更新の一回前のセッションで、思い切って全メンバーを一堂に集め、大野コーチを交えて会議を行ったんです。それが全ての起点でした。
その場では、いろいろな「ひどい真実」も出てきましたし、何より、意思決定の背景や想いを全員が同時に共有できた。
その結果、「会社としてこう決めたのだから、自分もこれを実行しなくては」という意識が、現場に一気に浸透し始めたのが分かったのです。
インタビュアー:つまり、当事者意識が生まれた、ということでしょうか。
中野社長:まさしく。以前は、知念が現場に伝えてくれても、時間が経つと『そういえば、そんな話もありましたね』というレベルで、どこか他人事だったんです。
それが、自ら会議に参加することで、会社の決定を「自分事」として捉え始めた。
『会社全体で決まった背景はこうだから、自分にできることはこれだ』という思考が芽生え始めた瞬間でした。この変化の兆しは、この1ヶ月で明確に感じられましたね。
インタビュアー:知念さんは、その変化をどのように感じていましたか?
知念氏:中野(社長)から『この形式、どう思う?』と聞かれた際に、『全員が参加して、オープンな場でやるのであれば、絶対に続ける価値があると思います』とお話ししたのを覚えています。
中野社長:その手応えがあったからこそ、赤字をさらに掘る覚悟で『やりましょう』と意思決定できたんです。あの“兆し”がなければ、今日の私たちはいなかったと思います。
インタビュアー:吉田さんは、まさにその激動のタイミングで正社員になられたそうですね。主要メンバーが抜けていく状況を、どのようにご覧になっていましたか?
吉田氏:ええ、アルバイトから社員になった直後だったので、正直なところ事の重大さを詳しくは理解できていませんでした。
ただある時、中野(社長)が全従業員と1対1で、1時間みっちり面談の時間を設けたんです。私も呼ばれ、「これは何事だろう」と。
中野(社長)自ら各拠点に足を運び、一人ひとりに時間を割く姿を見て、ただ事ではないというのは伝わってきました。
インタビュアー:その面談では、どのようなお話が?
吉田氏:これまでの経緯や会社の状況を、一人ひとりに対して丁寧に説明してくださり、その上で『これを聞いてどう思うか?』と私たちの意見も聞いてくださる時間でした。
その真摯な姿勢に、組織の大きな変化を実感しましたね。
インタビュアー:その後、実際に「すごい会議」に参加されて、率直にどのような印象を持たれましたか?
吉田氏:実のところ、社内の噂ではピリピリとした緊張感のある場だと聞いていたんです。
また、事前に大野コーチのLINEコーチングも読んでいて、大野コーチはバリバリのゴリゴリのビジネスコーチというイメージを勝手に想像していたので『これは気を引き締めていかないと』と構えていたんです笑。
でも実際は、私が初めて参加させていただいた時には、まったくの真逆でした。特に衝撃だったのは、今のツートップである中野(社長)と知念の姿勢です。
新参者の私が少し生意気なことや、『こんな言い方で大丈夫かな?』と周囲がハラハラするようなことを言っても、全く意に介さず、全てを受け止めてくださる。
それが一度も崩れなかったので、不安が一気に安心と信頼に変わっていきました。
インタビュアー:知念さんは以前の会議の空気もご存知かと思いますが、それほどまでに違ったのでしょうか。
知念氏:ええ、全然違いますよ。以前の会議は、今とは全く違う緊張感がありましたね。様々な意見が真剣にぶつかり合い、議論が白熱する場面も多かったです。
ただ、会議で挙手して「やります」と宣言しても、どこか「本当にやるのかな?」という空気が常に漂っていましたね。
吉田氏:今の空気とは、本当に全く違いますね。
インタビュアー:
心理的安全性が確保された新しい体制の中で、特に大きな化学反応を起こしたのが知念さんと吉田さんだったと伺いました。
大野コーチから見て、お二人の関係性はどのように映りますか?
大野コーチ:まさにお二人は、この変革のエンジンですね。見事なまでに「異質」なんです。
知念さんは、感覚的に「こうすれば数字は作れる」と見抜いてしまう天才肌のトップコンサルタント。言わば、”長嶋監督”のようなタイプです。ただ、そのアプローチは属人化しやすい。
一方、吉田さんは、その知念さんの天才的な感覚を誰もが実行可能なプロセスに落とし込み、データで管理できる「仕組み」に整えることができる。
彼女がマーケティングの領域を越えて経営戦略そのものに関われると確信しました。
この直感の「右脳」と、論理の「左脳」が見事に噛み合った。会社に「言ったことはやり切る」という規律が生まれたのも、吉田さんの影響が大きいですね。
この二人の出会いが組織を全く新しいレベルに引き上げています。
インタビュアー:中野社長から見て、特に吉田さんのどのような点がチームに良い影響を与えていると感じますか?
中野社長:吉田は、常に会社全体を自分事として捉え、俯瞰的に見ていますね。そして、会社のために言うべきことであれば、臆することなく伝えてくれる勇気がある。
加えて、データの分析能力が非常に高く、議論がズレかけた時に「本質は何か」という原点に冷静に立ち戻らせてくれる存在です。
インタビュアー:知念さんから見た吉田さんの強みは何でしょうか。
知念氏:中野(社長)が言った点に加えて、コミットメントの高さがずば抜けています。『ここまでやります』と決めたことに対して、絶対にやり切ってくれるという絶大な安心感がある。
その姿勢を見ていると、僕らも『吉田はいつも通りやってくれている、自分たちも遅れるわけにはいかない』と、自然と背筋が伸びるんです。
インタビュアー:そのお二人の連携が、具体的にどのような成果に繋がったのでしょうか。特にセールスプロセスの改善が大きかったと伺っています。
吉田氏:はい。以前は属人化していたセールスのプロセスを、過去のデータから分析し、5つのステップに分割しました。そして各ステップに現実的なKPIを設定し、一年間追い続けてきたんです。
その結果、最も利益に直結する最終ステップの決定率が、計測開始から最大で約11倍という数値を記録しました。
インタビュアー:11倍ですか!それは驚異的ですね。
吉田氏:ただ、私の役割はあくまで、今まで計測できていなかったプロセスを可視化し、データを蓄積する「仕組み」を整えることでした。
そのデータからボトルネックを的確に見出し、ものすごいスピードで戦略を立てて現場を動かしてくださったのは、知念をはじめとするセールスチームの皆さんです。
インタビュアー:知念さん、吉田さんが構築した「仕組み」は、セールスの現場にどのような変化をもたらしましたか?
知念氏:本当にありがたかったですね。以前は「何がボトルネックなんだろう」という原因究明に多くの時間を費やしていました。
しかし、吉田が率いるマーケティング課が『ここの数値を改善することが、最も売上に貢献する』というポイントを明確に示してくれるようになった。
おかげで僕は「じゃあ、ここを改善するためにどう動くか」という戦略立案と実行だけに集中できるようになったんです。
最初は試行錯誤でしたが、徐々にチームの地力がつき、今では私がいちいち言わなくても、メンバーが自走してくれる状態になっています。
インタビュアー:最終決定率11倍という驚異的な数字の裏には、もう一つ、非常に重要な意思決定があったそうですね。
吉田さんから見たとき、特にクリティカルだったセッションは何だったと感じていますか?
吉田氏:はい、特に印象深いセッションが二つあります。
一つは「クライアントを選定した日」。
そしてもう一つが、会社の「コンセプトを再定義した日」です。ビジョンやミッションを改めて定めたセッションですね。
大野コーチ:本当に、あのセッションで変化したよね。
インタビュアー:クライアントの選定と、ビジョンの再定義。どちらも会社の根幹に関わるテーマですね。
まず、前者である「クライアントを選定した日」についてお聞きしたいのですが、大野コーチ、このセッションにはどのような戦略的意図があったのでしょうか。
大野コーチ:我々のビジネスは、構造的に候補者様に対して少し弱い立場にありました。
そこで「候補者様に対しても我々が主導権を持つには、どのようにすればよいか」という問題解決に臨んだんです。
その答えが、「我々が心から『この人の人生を幸せにできる』と確信できるクライアントとだけ、お付き合いする」ということでした。
そうすれば、候補者様に対しても自信を持って「あなたにとって最高の未来です」と提案できる。これが全ての始まりであり、今の躍進の起点となったセッションでしたね。
インタビュアー:なるほど、事業の構造を変えるほどの大きな決断だったのですね。中野社長、具体的にはどのようなことを決められたのですか?
中野社長:我々が本当に価値を提供でき、幸せにできるクライアントは誰なのかを再定義し、その基準に合わないお客様、つまり我々が「庇護のもとに置けない」と判断したお客様については、たとえ契約中でも「ごめんなさい」とお伝えし、すでにお預かりしていた着手金を返金して契約を解消させていただく、という決断です。
インタビュアー:「庇護のもとに置けない」というのは、具体的にどのような基準で判断されたのでしょうか。
中野社長:まだ言語化の途中ではありますが、例えば、社員をないがしろにしている、離職率が極端に高い、利益至上主義で候補者様の幸せを考えられない、といった要素ですね。
『このお客様を、我々は胸を張って守れますか?』と自問したとき、少しでも躊躇する要素があれば、それはお断りすべきだ、という共通認識ができました。
インタビュアー:返金までして契約を解消する…しかも、最も経営が苦しい渦中でのご決断ですよね。なぜ、そんなにもヘビーな決断ができたのでしょうか。
中野社長:まさに出血している中での決断でしたから、ヘビーでしたよ。ですが、不思議と迷いはありませんでした。
『守れないお客様のために仕事を続けても、いくらお金をいただいても誰も幸せにならない』という共通認識がチームに生まれたからです。
そして、「我々が『守れる』と心から思えるお客様に全てのエネルギーを集中させれば、必ず未来は拓ける」というポジティブなイメージを全員で共有できた。
目先の売上ではなく、僕たちの未来を作るための仕事なんだという強い信念が、あの決断を支えてくれました。
インタビュアー:知念さん、この決断は現場のコンサルタントの皆さんにどのような変化をもたらしましたか?
知念氏:明らかに、現場のコンサルタントがワクワクしながら、楽しそうに仕事をするようになりました。自分たちが心から支援したいと思えるお客様に集中できるようになったからです。
その結果、メンバーの成長スピードも劇的に上がりました。
以前は、入社1年目のトップラインの基準が成功報酬で1,500万円だったのが、今年入社したメンバーのうち4人が2,500万円を超えてきています。
戦力化が圧倒的に早くなりましたし、何より日々の雑談のレベルが格段に変わりましたね。
インタビュアー:社長ご自身は、このクライアントの再定義が、事業戦略にどのような影響を与えたと分析されていますか?
中野社長:売上の構成が全く変わりました。
決定者が出ているクライアントの数は以前の半分以下に減りましたが、一社あたりの生産性が飛躍的に向上したため、全体の売上は維持できています。
あの日のセッションが、我々の戦略を根底から変える、まさに転換点だったと言えますね。
インタビュアー:吉田さんが、もう一つの重要なセッションとして挙げられたのが「コンセプトの再定義」でした。ここで、会社の新しいビジョンが生まれたそうですね。
中野社長:はい。我々の新しいビジョンは、
「子供たちさえも働くのが待ち遠しい世界」
これを実現するために、まずは我々自身が、親としてキラキラと輝きながら働けているか?という問いから始まりました。
インタビュアー:素晴らしいビジョンですね。知念さん、このビジョンが決まった時、チームの心象はどのように変わりましたか?
知念氏:進むべき方向がクリアになった瞬間でしたね。自分たちが何のためにこの仕事をしているのか、その意義が全員の腹に落ちた感覚がありました。
あのセッションは本当に秀逸だったと思います。
インタビュアー:新しいビジョンに向かう上で、結果的にメンバーが大きく入れ替わりました。今振り返って、この変化は会社にとって良かったと思われますか。
中野社長:間違いなく良かったですね。セールスの人数はほぼ半減しましたが、売上は変わらない。つまり、一人あたりの生産性が倍になったということです。
何より、残ってくれたのは、本当に「血が通う」メンバー。
同じ方向を向いて、本気で会社を良くしようと考えてくれる仲間と仕事ができるようになったのが、一番の財産です。
インタビュアー:大野コーチ、知念さんご自身の変化も大きかったのではないでしょうか。
大野コーチ:まさに。以前は、No.2、No.3に対してどこか遠慮が見えましたが、彼らが去ったことで、知念さんが本来持っていたエネルギーが完全に開放されたように感じます。
知念氏:確かに、遠慮している部分はありましたね。でも彼らには感謝していましたし、プライベートでも一番仲が良かったんです。
だからこそ、よく冗談交じりに『やる気ないんだったら、どいてくださいよ』なんて軽口を叩いて、元専務も笑いながら『お前は本当に尖ってるな」』と返されるような関係でした。
ただ、心のどこかで、僕は本気でそう思っていたんです。
自分たちが仕事を義務ではなく、心から楽しんでいる姿を見せることで、子供たちも「働くって楽しそうだな」「早く大人になりたいな」と思ってくれる。
そんな世界を、まずは自社から体現していこうと決めました。
もっといいチームを作りたい、会社を良くしたいという想いが強いのに、組織がコンフォートゾーンから抜け出せないもどかしさがあって…。
その純粋な想いが、冗談という形を借りて、つい口に出てしまっていたのだと思います。
インタビュアー:そのエネルギーが、今や会社を牽引しているのですね。新しいビジョンとチームで、今後の具体的な目標についてお聞かせください。
中野社長:1年後には売上高5億円、3年後には28億円を目指します。
そして3年後にはホールディングス化し、私はホールディングスの経営に移行、事業会社であるRFCの社長は知念に任せる、という未来を具体的に描いています。
インタビュアー:その壮大な目標達成に向けて、現時点での課題は何だとお考えですか。
中野社長:次の成長フェーズに向けた最大のテーマは、間違いなく「次世代リーダーの育成」です。
知念が社長になる未来を見据えたとき、彼が担っている部長ライン、そして現場を率いる課長ラインという、ミドルマネージャー層の強化が急務になります。
個々のプレイヤーとしては非常に優秀なメンバーが揃っていますが、彼らをいかにしてチームを率い、事業を動かすマネージャーへと育てていくか。
この育成の仕組みを構築できるかどうかが、3年後28億円という目標を達成できるか否かのターニングポイントになると考えています。
インタビュアー:最後に、皆様から今後の抱負やメッセージを一言ずついただけますでしょうか。まずは吉田さんからお願いします。
吉田氏:「すごい会議」という安全な場で、素晴らしいエンジンをかけていただいていることに感謝しています。
私はコミットしたことに対して深く考えずに突っ走ってしまうところがあるのですが、この場はいつも本質に立ち返るきっかけを与えてくれます。
この恵まれた環境を、自分自身の更なる成長に繋げていきたいと思っています。
インタビュアー:ありがとうございます。では次に、知念さんお願いします。
知念氏:私たちが大切にしている「趣味、仕事、毎秒挑戦」という言葉があります。趣味のように仕事を楽しみ、日常が非日常になるような、青春の1ページのような職場でありたい。
そのために、現状に満足せず、もっといい会社、もっといいサービスを目指して、毎秒挑戦し続けていきたいと思います。
インタビュアー:ありがとうございます。では最後に、中野社長、お願いいたします。
中野社長:「すごい会議」は、人の可能性をとことん追求する場だと感じています。今では、私以上に真剣に会社の未来を考えてくれるメンバーが増えました。
これは、人の可能性を追求し続けた結果です。知念が社長になる夢もそうですし、まだ開花していないメンバーも含め、全員が自分の可能性を最大限に発揮できる。
そんな会社として、我々自身が「すごい会議」の価値を広めていける存在でありたいですね。
インタビュアー:ありがとうございました。大野コーチ、この3年間を振り返って、いかがですか。
大野コーチ:「すごい会議」を続けるか中断するかで、中野社長とドトールでお会いし相談を受けたとき、あのうちひしがれた状態を思うと、今のこの状況は想像もできませんでした。
しかし、中野社長となら困難を心底歓迎できたので、ここまで共に前進してくれたことに、本当に感謝しかないです。
中野社長:あの時、大野コーチは最後まで私の決断を信じて、委ねてくれました。ただ寄り添うだけでなく、最後は本人に決めさせる。
その姿勢を、私は経営者として、一人の人間として、心から尊敬しています。ありがとうございます。
【結論(まとめ)】
幹部の集団離反と巨額の赤字という、絶望的な「どん底」から始まったRFCパートナーズの変革。
それは、旧来の成功体験との決別であり、目先の売上ではなく、自らの「誇り」や「信念」を事業の軸に据え直す、痛みを伴う自己変革の物語でもあった。
「全メンバー参加」への転換、そして「クライアントの再定義」という二つの大きな決断が、停滞していた組織に新たな血を巡らせる。
心理的安全性が確保された場で、異質な個性が尊重され、シナジーを生んだ結果、生産性は飛躍的に向上し、社員は自らの仕事にワクワクするようになった。
「子供たちさえも働くのが待ち遠しい世界」。
新たに掲げた壮大なビジョンは、決して絵空事ではない。RFCパートナーズの軌跡は、企業が最も困難な時に下す決断こそが、その後の未来を決定づけるという普遍的な真実を、我々に力強く示している。
私のコーチとして使命は、『苦悩に値する働く意味』の創出です。
地球は平らだと信じていたがために出帆しなかった船は、どれくらいあるだろう?
信じているものが見えるものを限定し、見えるものは打ち手を限定し、打ち手は当然のことながら、望でいる結果が手に入るかどうかを決定付けます。あなたは何を信じてビジネスしてる?